妥子の留学体験記 Page7

嵐の引越し パート1

さて合格が決まると、さっそく家探しを始めなければならなかった。

教授のアパートは夏の受験までと決められていたので、出て行かなければならなかったのだ。その頃は探し方も分からなくて、フライブルクに長く住んでいる日本人の人が家を見つけて来てくれた。そこは、ユーゴスラビア人のおばあさんが大家さんで、彼女も住んでいるアパートの一室を貸してくれた。台所やお風呂場は共同だけど、とても清潔にしているので住むのには良かった。でも練習の鬼だった妥子は毎晩帰って来るのが22時頃になるので、台所でご飯を作るとおばあさんがうるさくて起きてしまうのだった。結局、気を使ってしまい(一応私は日本人です、、、、、、笑。)外食になったり、パンになったりと不規則な食生活になってしまった。

ある事件が起こった。私は自分の部屋に専用の電話をつけて有ったにも関わらず、ある日おばあさんが「私の電話で電話したでしょ?」と物凄い剣幕で請求書を突きつけられ責められた。「いつもより高いのよね、あなたでしょ〜!」っと決め付けられた言い方をされて、とってもショックだった。私は人からこんな形で疑われることも初めてだったし、ドイツに来て私を信じてくれない人がいるのがショックで「わたしじゃない!」っと言うのが精一杯で、あとはずっと泣いてしまった。


それを見たおばあさんは、「ごめんね。」って謝ったけど、次の日から電話のダイヤルに鍵をつけた。早速、私は家探しを始めた。昨日は悲しい気持ちで一杯だったが、今日はこんなに人の事を信用出来ない人がいるなんて、、、。“と怒りがおさまらなかった。

嵐の引越し パート2

新聞の水曜日と土曜日には、「こんな部屋でいくらで有りますよ。」という広告が載る。
それを朝一番で見て気に入ったものがあればすぐ電話か手紙を書く。人気の物件はすぐ売れてしまうので、時間が勝負なのです。

今回見つけたのは2部屋でWG(共同生活の意味)、音大の近く、と書いて有り、丁度日本人のピアノ科H子さんと探していたので一緒に部屋を見に行った。
訪ねて行って見るとドイツ人のおばあさんが出て来て、「私の家はとても大きく一人では住みにくいので2階を全部使って下さい。」という事だった。2階には、大きな台所、大きなバスルーム、2つの清潔でかわいい家具つきの部屋があった。私たちはすぐ決めた。ところが〜住み始めてからすぐ、ここのおばあさんは大変神経質だという事に気が付いた。例えば、台所で包丁を使って野菜をトントンと切っていると、ドアをガンガン叩いて、「今、何してるの〜?」っと大声で叫ばれる。「野菜を切ってま〜す。」と言うと、「あーそっか。」と言ってまた下に戻る。シャワーを浴びている最中に、またドアをドンドンとノックして、「シャワー壊してなーい?」と聞かれ、「髪を洗っているのですが、水の音がウルサイのでしょうか〜?」と言うとまた納得して下へ降りていく。

学校から帰ると何か酢の匂いがして、台所へ行ってみるとコップに酢が入って置いて有る。 、、、、、?。おばあさんに「何ですか、これ?」って聞くと、「台所のお料理の匂いを消すためよ」とか言って、勝手に部屋まで入って綺麗に使ってるかどうかチェックしてる様子だった。そうこうしてるうちに台所禁止令が出された。包丁の音がうるさいというのが理由だった。これではお話になりません。こんな神経質な大家ではとてもやっていけないと言う事になり、また家探しを始めた。

この後、たまたま知り合いになった日本人の弁護士さんに助けて頂いて、保証金の事などで、おばあさんとの間に入って貰い、何とか解決にこぎ付けた。
この方がいなかったら、私達はきっと莫大なお金をとられていた事でしょう。
「ありがとうございました!。」

日本人の女の子に目をつける悪い大家が多いそうです。理由は日本人は何も反抗しないから、、、、。
でも今の私は違いますよ!

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